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このサイトについて

収録基準・各統計項目の数え方・典拠とした史料・肖像画の出典・運営者情報・免責事項について説明します。

このサイトは、始皇帝(紀元前221年)から清朝最後の皇帝・溥儀まで、中国史上に登場した実際に「皇帝」を名乗った人物365名の在位期間・死因・即位の経緯などを集計・可視化したものです。

集計にあたっては、可能な限り『史記』『漢書』『旧唐書』『宋史』などの正史原典に立ち返って確認しています。史料によって記述が食い違う場合や、原典に手がかりが見当たらない場合は、無理に一つの答えを決めず「諸説あり」「不詳」として扱っています(即位の経緯については、2026年の分類見直しでこれを「継承(経緯記載なし)」という区分に置き換えました)。

誰を「皇帝」として数えているか

生きている間に自分自身で「皇帝」という称号を実際に使った人物だけを収録しています。

歴史上「正統な王朝」と評価されているかどうかは問いません。反乱によって即位した人物や、他人に擁立された人物であっても、実際に皇帝を名乗った記録があれば収録しています(例:安禄山、朱全忠)。逆に、死後に子孫から皇帝の称号を贈られただけの人物(追尊)や、実質的な権力者であっても生前は「王」「可汗」などにとどまった人物(例:チンギス・カン)は収録していません。

同じ人物が2度以上皇帝の座に就いた場合(廃位後の復位など)は1人としてまとめ、在位期間だけを複数記録しています。

各統計項目の数え方

全12項目それぞれについて、何を1件と数え、何を数えていないかです。

在位年数

即位した日から退位・崩御した日までの期間です。史料から確認できた精度(年まで/月まで/日まで)をそのまま使っており、日付が不明な部分を推測で埋めることはしていません。そのため、同じ「在位◯年」という表示でも、日単位まで確定している皇帝と、年単位までしか分からない皇帝が混在します。廃位後に復位した皇帝は、在位期間ごとに区切って合計しています。

日付の暦と西暦への換算

正史の日付は旧暦(太陰太陽暦)の「元号年・月・干支日」で記されています。在位の開始日・終了日は、皇帝ごとに正史原文の該当記事を確認し、暦計算ライブラリsxtwl(寿星天文暦)で西暦に換算しています。西暦は歴史学の慣用に従い、1582年10月のグレゴリオ暦導入より前はユリウス暦、以後はグレゴリオ暦です。旧暦の年末(十二月など)が西暦では翌年に入る場合があるため、旧暦年と西暦年は必ずしも一対一に対応しません。史料間で日付が食い違う場合は正史原典の記述を優先し、対立の内容は出典の注記に記録しています。

紀元前の年は、画面上では「前◯年」と表示しています。データ内部の扱いは、値の形式によって歴史学と情報規格それぞれの慣用に合わせて2通りに分かれます。年数だけを表す数値(在位開始年など)は0年を置かない歴史年表記(前210年=-210)で、ISO 8601形式の日付文字列(在位開始日・終了日、生年月日・没年月日など)は同規格が定める0年を含む天文年表記(前210年=-0209)です。したがって同じ「前210年」でも、数値フィールドは-210、日付フィールドは-0209と1つずれます。日付の根拠にした正史原文の引用と換算の調査記録は、データ内部に残しています。

改元・大赦・親征・反乱といった出来事の日付について、このデータセットが主張するのは「年」と、在位の開始年・終了年に起きた出来事の「月日」だけです。それ以外の年の月日は、原典から読み取った値であっても年までに丸めて収録しています(表示も年までになります)。原典の紀年表記と換算の経路を各件に残して機械で再現できるようにする作業が全件では終わっておらず、確かめられる範囲を超えて細かい日付を主張しないためです。丸める前の値は削除しておらず、リポジトリの内部用ファイルに全件残しています。在位期間の開始日・終了日はこの対象外で、従来どおり確認できた精度で収録しています。

死因

崩御の原因を「病死」「暗殺」「処刑」「戦死」「自尽」「事故死」「不詳」「諸説あり」の8種類に分類しています。暗殺と処刑は「誰が手を下したか」で区別しており、同じ政権内部の者(家臣・皇族・宦官など)による謀殺は暗殺、王朝が滅んだ後に征服者側が公的に処断した場合は処刑です。家臣に強要されて自ら命を絶った場合は「自尽」、毒殺は「暗殺」の一種として扱っています。正史の記述は、王朝交代後に前王朝の最後の皇帝を実際以上に悪く描く傾向があることが知られているため、原典の記述だけでなく現代の学術的な研究も踏まえて判定しています。

即位の経緯

どのような経緯で皇位に就いたかを分類しています。分類は、原典が書いている事実を独立した4つの軸に分け、その組み合わせから機械的に決めています(2026年に変更)。1人ずつ区分名を当てはめる方式では、判断が人によって分かれたためです。

4つの軸は、①君主位の出所(前代君主から継承/他政権から受禅/自立)、②即位を決めた主体(本人/先帝/第三者/史料から決着不能)、③先帝の去就(崩御/横死/生前譲位/廃位・追放)、④先帝との血縁です。この組み合わせから「世襲」「擁立」「簒奪」「内禅」「自立」「推戴」「受禅(易姓)」「継承(経緯記載なし)」というラベルが決まります。世襲は先帝が後継を定めた継承、擁立は第三者(臣下・軍・宦官・外戚・母后・宗室)が立てた場合、簒奪は前帝の位を自ら奪った場合、内禅は先帝が存命のまま自ら位を譲った場合(例:清の乾隆帝から嘉慶帝)、自立は先行する君主から位を受けず自ら称した場合、推戴はそれを他者に立てられた場合、受禅(易姓)は別姓・別政権の皇帝から位を譲られた王朝交代です。

「継承(経緯記載なし)」は、正史が立太子・遺詔・推戴のいずれも記していない継承です。以前はこうした人物も「世襲」に押し込んでいましたが、たとえば始皇帝について『史記』は「政代立為秦王」としか書かず、宋の太宗について『宋史』は「太祖崩,帝遂即皇帝位」としか書きません。血縁上の跡継ぎであっても、先帝が後継に定めたことが原典に書かれていなければ、この区分にしています。

なお、旧来の「建国」は政権の属性であって皇位の出所ではないため軸から外しました。王朝の創始者は、前王朝から位を譲られたなら受禅(易姓)、自ら称したなら自立、他者に立てられたなら推戴に分かれます。王や節度使の位を父祖から継いで皇帝号だけを新たに称した場合(始皇帝・後唐の荘宗・西夏の李元昊など)は、皇位の出所としては継承にあたるため世襲などになり、称号を新たに称したことは別に記録しています。「復位」も分類から外し、2度目以降の即位は在位期間の情報として持たせたうえ、ラベルは初回即位の経緯で付けています(例:明の英宗)。

改元回数

在位中に元号(年号)を何回変えたかを数えています。即位に伴って最初の元号を定めた場合もその1回に含めています。まだ元号という制度が存在しなかった時代(秦など)は0回としています。

大赦回数

在位中に、国全体を対象とした恩赦(「大赦天下」等)を何回行ったかを数えています。特定の地域・特定の罪状のみを対象にした部分的な恩赦は含めていません。

立后(皇后冊立)回数

在位中に皇后を正式に立てた回数です。廃后した後に別の皇后を立てた場合や、一度廃した皇后を再び立てた場合も、それぞれ1回として数えています。在位中に皇后を立てなかった場合は0回です。

皇太子廃立回数

一度立てた皇太子(またはそれに相当する法定の後継者)を、在位中に廃止した回数です。皇太子を「立てた」回数ではなく、「廃止した」回数のみを数えている点にご注意ください。

親征回数

皇帝自身が軍を率いて戦場に赴いた回数です。将軍への派遣や勅命のみで皇帝本人が出陣しなかった場合は含めません。同一の相手に対する一連の軍事行動(出征から帰還まで)を1回とし、年をまたいでも同じ遠征の継続であれば1回と数えています。

反乱鎮圧回数・被反乱回数

反乱鎮圧回数は、政権側として反乱の鎮圧にあたった件数、被反乱回数は、自分(の政権)に対して起こされた反乱の件数です。いずれも独立した首謀者・蜂起単位で1件と数え、鎮圧の成否は問いません。農民反乱から、兵力を伴う宮廷クーデター・弑逆までを広く含みますが、皇帝の統治下にない独立勢力との抗争(統一戦争)や外国との戦争、実際の挙兵に至らなかった謀反計画は含めません。両者は原則として同じ反乱を両面から数えたものですが、鎮圧に着手しないまま在位が終わった場合や、クーデターのように鎮圧の主体が皇帝側でない場合は被反乱のみに数えるため、件数は一致しないことがあります。

遷都回数

在位中に正式な遷都(恒久的な主都の移転)を行った回数です。戦乱による一時的な避難・行幸や、副都・陪都の新設は含めません。短期間に都が複数回変わった場合は、それぞれ1回として数えています。

即位時年齢・没年齢

年齢はすべて数え年(生まれた年を1歳とし、年が明けるごとに1歳加える中国伝統の数え方)で統一しています。正史に生年や享年の直接の記載がない皇帝は「不詳」とし、推測で埋めることはしていません。そのため年齢の統計は、判明している皇帝のみを対象にしています。

なお、各項目で「0回」の皇帝は「調査した結果、該当が0件だった」ことが確認できた皇帝です。調査できていない項目とは区別して記録しています。

典拠とした史料

『史記』『漢書』『後漢書』『三国志』『晋書』『宋書』『南斉書』『梁書』『陳書』『魏書』『北斉書』『周書』『隋書』『南史』『北史』『旧唐書』『新唐書』『旧五代史』『新五代史』『宋史』『遼史』『金史』『元史』『新元史』『明史』『清史稿』などの正史(本紀・列伝)を第一の典拠としています。西夏など正史に本紀がない政権は『西夏書事』等の編年史料、南明・明清交替期の諸政権は『小腆紀伝』等で補っています。

なお、名前に振っているふりがなは日本語の慣用読みで、正史原典から得られる調査項目ではありません(複数の読みが行われている名前もあります)。モンゴル語・満洲語などの音写名は、漢字表記に原音のカタカナを添えています。

正誤表

公開後に判明した誤りは、原典を再調査したうえで訂正し、ここに記録します。

  1. 在位期間の出典を全皇帝分、正史原典(書名・巻・原文引用つき)へ差し替える再調査を実施。この過程で旧暦→西暦の換算誤り等の在位日付の訂正を約90件行いました。

  2. 収録漏れが判明した唐哀帝を追加し、収録数を364名から365名に改めました。

肖像画の出典

肖像画は、パブリックドメインまたはCC0で公開されている画像のみを155名分使用しています(主にWikimedia Commons経由。『歴代帝后像』『帝鑑図説』など)。著作権保護期間内の画像や、クレジット表示が必要なライセンス(CC BY-SA等)の画像は使用していません。

掲載できたのは365人中155人で、残る210人(58%)のページには肖像が出ません。この割合は時代によって大きく違います。

秦・前漢8/16名

新〜後漢初2/5名

後漢6/15名

三国7/11名

晋9/17名

五胡十六国7/43名

南北朝17/69名

隋2/5名

隋末4/12名

唐20/32名

五代十国10/34名

宋18/18名

遼・西夏・金2/34名

元10/18名

明20/22名

清13/14名

50%

40%

40%

64%

53%

16%

25%

40%

33%

63%

29%

100%

6%

56%

91%

93%

肖像が出ない皇帝の大半は、パブリックドメインまたはCC0で使える肖像が見つからなかった皇帝です。この割合は当サイトが掲載できた肖像の割合で、肖像画が現存するかどうかを示すものではありません。

使用画像の一覧(155件)
皇帝王朝ライセンス出典
徽宗北宋Public domainCommons
欽宗北宋Public domainCommons
仁宗北宋Public domainCommons
神宗北宋Public domainCommons
太宗北宋Public domainCommons
太祖北宋Public domainCommons
英宗北宋Public domainCommons
真宗北宋Public domainCommons
哲宗北宋Public domainCommons
孝荘帝北魏Public domainCommons
武帝北周Public domainCommons
廃帝(臨海王)陳Public domainCommons
後主陳Public domainCommons
文帝陳Public domainCommons
武帝陳Public domainCommons
宣帝陳Public domainCommons
武帝成漢Public domainCommons
哀帝東晋Public domainCommons
安帝東晋Public domainCommons
明帝東晋Public domainCommons
元帝東晋Public domainCommons
更始帝玄漢(更始)Public domainCommons
成帝前漢Public domainCommons
高帝前漢Public domainCommons
景帝前漢Public domainCommons
文帝前漢Public domainCommons
武帝前漢Public domainCommons
宣帝前漢Public domainCommons
元帝前漢Public domainCommons
光武帝後漢Public domainCommons
霊帝後漢Public domainCommons
明帝後漢Public domainCommons
献帝後漢Public domainCommons
章帝後漢Public domainCommons
武昭帝後秦Public domainCommons
成武帝後燕Public domainCommons
明帝後趙CC0Commons
懐帝西晋Public domainCommons
恵帝西晋Public domainCommons
愍帝西晋Public domainCommons
世宗金Public domainCommons
司馬倫西晋Public domainCommons
太祖金Public domainCommons
武帝西晋Public domainCommons
漢漢(侯漢)Public domainCommons
武帝梁Public domainCommons
元帝(孝元帝)梁Public domainCommons
後廃帝宋Public domainCommons
前廃帝宋Public domainCommons
文帝宋Public domainCommons
武帝宋Public domainCommons
孝武帝宋Public domainCommons
代宗(景泰帝)明Public domainCommons
光宗(泰昌帝)明Public domainCommons
恵宗(建文帝)明Public domainCommons
穆宗(隆慶帝)明Public domainCommons
仁宗(洪熙帝)明Public domainCommons
神宗(万暦帝)明Public domainCommons
世宗(嘉靖帝)明Public domainCommons
太宗/成祖(永楽帝)明Public domainCommons
太祖(洪武帝)明Public domainCommons
武宗(正徳帝)明Public domainCommons
憲宗(成化帝)明Public domainCommons
孝宗(弘治帝)明Public domainCommons
熹宗(天啓帝)明Public domainCommons
宣宗(宣徳帝)明Public domainCommons
英宗(正統帝/天順帝)明Public domainCommons
毅宗(崇禎帝)明Public domainCommons
安宗(弘光帝)南明Public domainCommons
紹宗(隆武帝)南明Public domainCommons
端宗南宋Public domainCommons
度宗南宋Public domainCommons
高宗南宋Public domainCommons
恭帝南宋Public domainCommons
光宗南宋Public domainCommons
理宗南宋Public domainCommons
寧宗南宋Public domainCommons
衛王(祥興帝)南宋Public domainCommons
孝宗南宋Public domainCommons
献武帝南燕Public domainCommons
廃帝(東昏侯)斉Public domainCommons
高帝斉Public domainCommons
昭武帝前趙(漢趙)Public domainCommons
光文帝前趙(漢趙)Public domainCommons
始皇帝秦Public domainCommons
徳宗(光緒帝)清Public domainCommons
高宗(乾隆帝)清Public domainCommons
穆宗(同治帝)清Public domainCommons
仁宗(嘉慶帝)清Public domainCommons
聖祖(康熙帝)清Public domainCommons
世宗(雍正帝)清Public domainCommons
世祖(順治帝)清Public domainCommons
太宗(崇徳帝)清Public domainCommons
文宗(咸豊帝)清Public domainCommons
恭宗(宣統帝)清Public domainCommons
宣宗(道光帝)清Public domainCommons
睿宗(劉鈞)北漢Public domainCommons
殷帝(王延政)閩Public domainCommons
元宗(李璟)南唐Public domainCommons
懐帝蜀漢Public domainCommons
昭烈帝蜀漢Public domainCommons
永昌帝(李自成)順Public domainCommons
文帝隋Public domainCommons
煬帝隋Public domainCommons
劉武周定楊Public domainCommons
王世充鄭Public domainCommons
宇文化及許Public domainCommons
朱粲楚Public domainCommons
代宗唐Public domainCommons
徳宗唐Public domainCommons
高祖唐Public domainCommons
敬宗唐CC0Commons
穆宗唐Public domainCommons
睿宗唐Public domainCommons
粛宗唐Public domainCommons
太宗唐Public domainCommons
文宗唐Public domainCommons
則天大聖皇帝(武則天)周Public domainCommons
武宗唐Public domainCommons
憲宗唐Public domainCommons
僖宗唐Public domainCommons
玄宗唐Public domainCommons
宣宗唐Public domainCommons
懿宗唐Public domainCommons
昭宗唐Public domainCommons
中宗唐Public domainCommons
雄武皇帝安禄山燕CC0Commons
承天応運啓聖睿文宣武皇帝黄巣斉Public domainCommons
王莽新Public domainCommons
明帝魏Public domainCommons
文帝魏Public domainCommons
大帝呉Public domainCommons
末帝呉Public domainCommons
孫亮呉Public domainCommons
高祖(劉知遠)後漢Public domainCommons
高祖(石敬瑭)後晋Public domainCommons
太祖(朱全忠)後梁Public domainCommons
明宗(李嗣源)後唐Public domainCommons
荘宗(李存勗)後唐Public domainCommons
世宗(柴栄)後周Public domainCommons
太祖(郭威)後周Public domainCommons
太祖昭武帝(呉三桂)呉周Public domainCommons
大順帝(張献忠)西Public domainCommons
成宗元Public domainCommons
明宗元Public domainCommons
寧宗元Public domainCommons
仁宗元Public domainCommons
世祖元Public domainCommons
袁術仲家Public domainCommons
泰定帝(通称)元Public domainCommons
天順帝(通称)元Public domainCommons
文宗元Public domainCommons
武宗元Public domainCommons
英宗元Public domainCommons
洪憲帝(袁世凱)中華帝国Public domainCommons

関連動画について

一部の皇帝ページには、その皇帝を主題とした解説動画(YouTube埋め込み)を掲載しています。これらの動画は、当サイトとは無関係のYouTubeチャンネル「鳥人間 中国史三昧」様が制作・公開されているものです。動画の内容は当サイトの集計・調査とは独立しており、当サイトが内容の正確性を保証するものではありません。埋め込みにはYouTubeの公式埋め込み機能を利用しています。

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