
西晋第2・4代統一王朝
恵帝司馬衷
在位 290–301年 / 301–307年(16年125日)
姓司馬諱衷字正度
恵帝の人物データ
出典(死因・即位経路)
- 死因
- 晉書 帝紀第四 孝惠帝
- 即位経路
- 晉書 帝紀第四 孝惠帝
死因と即位経路を判定するときに読んだ正史の書名と巻です。
生涯
どんな皇帝か
即位の前から政務の力を疑われ、在位中は皇后の賈氏と一族の諸王が争って八王の乱を招いた西晋の皇帝である。
即位まで
武帝の第二子で、9歳で皇太子に立てられた。武帝が試しに東宮へ尚書の案件を決裁させたとき、太子は答えられず、妃の賈氏が代わりに答案を整えて地位を保ったと晋書は伝える。290年に武帝が没したその日に即位し、賈妃を皇后とした。
治世と最期
翌年に太傅の楊駿が誅されると、賈后は詔を偽って皇太后を廃し、楚王瑋に汝南王亮と衛瓘を殺させた。皇太子遹が廃されると、賈后は詔を偽って遹を殺したが、まもなく趙王倫らに廃された。301年には趙王倫が帝位を奪って恵帝を太上皇とし、斉王冏らの挙兵で倫の党が斬られると、恵帝は同じ年のうちに位に戻った。304年、成都王穎を討とうと自ら出陣して蕩陰で敗れ、頬を傷つけ矢を受けて玉璽を失い、同じ年に張方に長安へ連れ去られた。飢えた民について、なぜ肉粥を食べないのかと言った話を、晋書は恵帝の暗さの例として載せる。306年、東海王越の軍が河間王顒を破って洛陽に戻ったが、翌307年の初めに顕陽殿で没した。晋書の本紀は、日々の記事では崩御の日と場所だけを記し、巻末のまとめで、餅を食べて中毒したとし、越が毒を盛ったともいう、と併せて書く。資治通鑑は餅による中毒だけを書き、越の毒殺説は元の胡三省の注に出てくる。
在位中の出来事(55件)
改元290年5月16日元号を「永熙」とする
大赦290年5月16日武帝崩御当日、皇太子即位に伴い大赦(改元も同時)。
立后290年5月16日武帝崩御・恵帝即位と同日に、妃賈氏を皇后に冊立。
改元291年元号を「永平」とする
改元291年元号を「元康」とする
大赦291年太傅楊駿誅殺後、大赦(改元も同時、元康に改元)。
大赦292年大赦。
被反乱294年郝散の乱
大赦296年
被反乱296年〜299年元康氐羌の乱(度元・斉万年の乱)
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大赦298年大赦。
被反乱299年鄴の妖言蜂起
改元300年元号を「永康」とする
大赦300年大赦(改元も同時、永康に改元)。
大赦300年趙王倫が矯詔(偽の詔)により大赦を行い自ら相国となる。
大赦300年皇后羊氏冊立に伴い大赦、大酺三日。
立后300年賈皇后が同年4月に廃后・誅殺された後、羊氏を皇后に冊立。
皇太子廃立300年皇太子遹(実子、広陵王として立てられていた)を廃して庶人とし、その三子も金墉城に幽閉。
被反乱300年〜301年趙廞の反乱
改元301年6月1日元号を「永寧」とする
大赦301年6月1日趙王倫簒位を齊王冏らが討ち恵帝復位(辛酉/4月7日)の直後に大赦(改元も同時、永寧に改元)。
大赦301年8月5日大赦、吏位を二等進める。
大赦301年10月
被反乱301年12月李特・李雄の蜀反乱(成漢建国)
改元302年元号を「太安」とする
大赦302年齊王冏誅殺後に大赦(改元も同時、太安に改元)。
大赦303年牽秀を撃破し進軍した際に大赦。
被反乱303年〜304年張昌の乱
改元304年元号を「永安」とする
改元304年元号を「建武」とする
改元304年帝が張方により長安へ連行される中、洛陽に残された留台が改元(永安に復す)。
大赦304年東海王越が長沙王乂を捕える直後に大赦。
大赦304年成都王穎の進言により大赦(改元も同時、永安に改元)。
大赦304年成都王穎を皇太弟とする詔に伴い大赦、鰥寡高年に帛を賜う。
大赦304年大赦、皇后羊氏及び皇太子覃を復位。
大赦304年蕩陰の戦い後、鄴到着直後に大赦(改元も同時、建武に改元)。
大赦304年張方に迎えられた際に大赦、従者に恩賞。
大赦304年洛陽の留台による大赦(改元も同時、永安に復す)。
立后304年同年2月に廃后されていた羊皇后を復位(再冊立)。
立后304年留台による大赦・改元(丙午)の後、辛丑に羊皇后を再度復位(再冊立)。
皇太子廃立304年成都王穎の圧力下、皇太子覃(清河王遐の子)を廃し清河王に戻す。
皇太子廃立304年張方が洛陽に再入城し、7月に復位したばかりの皇太子覃を再度廃する。
親征304年成都王穎(蕩陰の戦い)
被反乱304年〜306年恵帝長安拉致・幽閉事件
被反乱304年劉元海(前趙)の反乱
改元305年元号を「永興」とする
大赦305年詔により大赦(改元も同時、永興に改元)。
大赦305年大赦。
皇太子廃立305年
被反乱305年公師籓の乱
改元306年元号を「光熙」とする
大赦306年長安から洛陽に帰還後、大赦(改元も同時、光熙に改元)。
立后306年長安から洛陽帰還後、羊皇后を復位(再冊立)。
被反乱306年劉柏根の乱
被反乱306年陳敏の反乱
西晋の歴代皇帝
5名の一覧- 第1代武帝266–290年病死
- 第2・4代恵帝290–301年 / 301–307年諸説あり
- 第3代司馬倫301年暗殺
- 第5代懐帝307–311年暗殺
- 第6代愍帝313–316年暗殺