自ら命を絶った中国の皇帝(14人)
365人のうち自ら命を絶ったのは14人(3.8%)です。時代の順に全員を並べています。
死因は正史の本紀・列伝の記述から1人ずつ分類しています。暗殺・処刑・戦死・自尽の4つを合わせて「非業の死」と呼んでいます。
| 皇帝 | 没年齢 |
|---|---|
| 二世皇帝秦・胡亥前210–前207年 | 23歳 |
| 趙高の専横に対し謀反を企てた趙高の娘婿・閻楽が兵を率いて望夷宮を襲撃し、胡亥に自裁を強要(望夷宮の変)。胡亥は郡王・万戸侯・平民としての助命を求めたが認められず、自ら命を絶った。形式は自殺だが実質は趙高一派による弑逆である。 | |
| 李期成漢334–338年 | 25歳 |
| 慕容麟後燕397–398年 | — |
| 史朝義燕761–763年 | — |
| 黄巣斉・唐881–884年 | — |
| 朱友珪後梁・五代十国912–913年 | — |
| 末帝後梁・五代十国・朱友貞913–923年 | 36歳 |
| 末帝後唐・李従珂934–937年 | 52歳 |
| 石敬瑭の反乱に契丹が加担し洛陽への帰還後も抗戦の術なく、清泰3年閏11月26日、一族・皇太后曹氏とともに元武楼で自ら火を放って焼身自殺した。 | |
| 張邦昌楚・宋金代1127年 | 47歳 |
| 哀宗金・完顔守緒1224–1234年 | 37歳 |
| 天興3年正月己酉、末帝承麟への譲位直後、蔡州陥落に際し幽蘭軒にて自縊。 | |
| 衛王南宋・趙昺1278–1279年 | 8歳 |
| 崇禎帝明・朱由検1627–1644年 | 35歳 |
| 紹武帝南明・朱聿𨮁1646–1647年 | 42歳 |
| 洪化帝呉周・呉世璠1678–1681年 | 16歳 |