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玄宗の肖像

唐(とう)第9代統一王朝

玄宗(げんそう)李(り)隆基(りゅうき)

在位 712年9月8日〜756年8月12日(43年349日)

姓李(り)諱隆基(りゅうき)

玄宗の人物データ

生年
685年9月8日
在位
  • 712年9月8日〜756年8月12日
在位 43年349日28歳で即位(数え年)・長さは365名中11位
没年
762年78歳(数え年)267名中長寿順7位
死因
病死365名中167名
即位経路
内禅
先代
  • 睿宗唐玄宗は睿宗の子
次代
  • 粛宗唐粛宗は玄宗の子
目立つ記録
  • 皇太子廃立1回(27名中4位タイ)

出典(死因・即位経路)

死因
旧唐書 巻九(玄宗紀下)
即位経路
新唐書 巻五(睿宗紀)

死因と即位経路を判定するときに読んだ正史の書名と巻です。

生涯

どんな皇帝か

開元(かいげん)年間に長く国を治めたのち、安史(あんし)の乱で蜀(しょく)へ逃れ、途中の馬嵬(ばかい)で楊(よう)貴妃(きひ)に死を賜った皇帝である。新唐書(しんとうじょ)の賛(さん)は、開元(かいげん)の際にはほとんど太平に至ったが、贅沢(ぜいたく)に心が動き、愛するものに溺れて国を失ったと評する。

即位まで

睿宗(えいそう)の第3子で、母は昭成皇后(しょうせいこうごう)竇氏(とうし)である。710年に中宗(ちゅうそう)が急死して韋(い)后が政治を執ると、太平公主(たいへいこうしゅ)と謀って兵を挙げ、韋(い)后は乱兵に殺された。中宗(ちゅうそう)の死を、旧唐書(くとうじょ)は玄宗(げんそう)紀(き)では急死とだけ書くが中宗(ちゅうそう)紀(き)では安楽公(あんらくこう)主が韋(い)后と謀って毒を進めたとし、新唐書(しんとうじょ)の本紀(ほんぎ)は韋(い)后が殺したと書く。712年、天文に帝の座の災いが現れたという言を受けて睿宗(えいそう)が位を譲り、即位した。翌年、太平公主(たいへいこうしゅ)と結んだ竇(とう)懐貞(かいてい)らが乱を謀っていると察して先に誅(ちゅう)した。

治世と最期

755年に安禄山(あんろくさん)が楊(よう)国忠(こくちゅう)を討つと称して幽州(ゆうしゅう)から南下した。翌年に潼関(どうかん)が破れると蜀(しょく)へ向かい、馬嵬(ばかい)の駅で兵が進まなくなった。楊(よう)国忠(こくちゅう)らが殺されても兵が収まらず、玄宗(げんそう)は高力士(りきし)に命じて楊(よう)貴妃(きひ)に自尽を命じた。資治通鑑(しじつがん)と旧唐書(くとうじょ)の后妃伝(こうひでん)は、陳玄礼(げんれい)がこの前に皇太子へ知らせていたと書くが、両唐書(りょうとうじょ)の本紀(ほんぎ)には無い。馬嵬(ばかい)を発つとき民が道をふさいで皇太子を留めるよう願い、太子は残った。蜀郡(しょくぐん)に着いたのち、霊武(れいぶ)からの使者で初めて皇太子の即位を知り、太上皇(たいじょうこう)となった。長安(ちょうあん)に戻って興慶宮(こうけいきゅう)に住んだが、760年に李(り)輔国(ほこく)によって西内(せいだい)へ移され、高力士(りきし)らも遠ざけられた。資治通鑑(しじつがん)によれば、上皇は鬱々として肉を断ち、しだいに病んだ。762年に神龍殿(しんりゅうでん)で没したが、旧唐書(くとうじょ)の本紀(ほんぎ)はこれを前年の上元(じょうげん)二年と記す。

在位中の出来事(34件)

改元712年9月12日元号を「先天」とする
立后712年9月15日先天元年八月丁未、皇太子妃王氏を皇后に冊立。
改元713年元号を「開元」とする
大赦713年先天二年七月、太平公主一派のクーデター未遂(七月三日発覚・鎮圧)の直後に発せられた大赦。
大赦713年
被反乱715年相州崔子岩の乱
大赦721年
被反乱721年兰池州叛胡の乱
被反乱722年安南梅叔鸾の乱
被反乱722年権梁山の乱(自称光帝)
残り24件を表示
大赦723年
被反乱724年五溪覃行璋の乱
大赦725年
被反乱725年妖賊劉定高の乱
被反乱726年邕州獠梁大海の乱
被反乱728年泷州陳行範の乱
大赦729年
被反乱730年〜737年契丹可突干の乱
大赦732年
大赦735年
被反乱736年醴泉劉志誠の乱
皇太子廃立737年
大赦738年
大赦739年
改元742年元号を「天宝」とする
大赦745年
大赦747年
大赦748年
大赦749年
大赦751年
被反乱752年〜754年阿布思の叛乱
大赦754年
被反乱755年〜756年安史の乱(玄宗期)
大赦756年8月31日

唐の歴代皇帝

24名の一覧

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